DB103のKleines Modellmuseum Ep. IV

ドイツ型HO、日本型N、アメリカ型Nなど模型鉄道を気軽に気楽に楽しんでおります。どうかよろしくお願い致します。

さあどうしましょう…… 長期停滞中 1/35 AFV製作

 当方、模型鉄道よりもずっと昔から、プラモデラーでした。

 明瞭に記憶に残っているのは、確か1972年にフジミのヤクトティーガーで、次にタミヤのⅡ号戦車を作りました。

 それからは当時大変なブームだった1/35そして、それよりは安かったバンダイの1/48などを作る一方、やがてAirfixなどに代表される1/76、1/72そして1975年頃から1/87のROCOなどの小スケールAFVへ興味が移って行きました。

 その後、模型鉄道が主力になったこと、そして何よりも日本模型史上最悪の「AFV真冬の時代」の到来により、興味が完全に薄れていきました。

 この真冬の時代は1/35が引き合いに出されますが、実は真冬の時代でも1/35は細々と製品が供給されておりました。

 しかし、1/48や小スケールは模型ジャンルとして完全に抹殺されてしまったのです。

 その後、1990年代に小スケールが一部面白おかしく取り上げられたこともありましたが、製品化には結びつきませんでした。

 一方、日本のそんな動きとは全く無関係にROCOは精力的に製品開発を行いましたが、彼の国の宿命で、WW2のドイツ物は出せず、西独国防軍中心でした。

 また天賞堂が一時扱いましたが、売れない上に、部品不足などの問題が多すぎて、数年間で消え去る運命にありました。

 そんな経緯もあり、私は小スケールAFVを20年ほど前に撤退することにしたのです。

 しかし、ドイツのAFVは大好きで、また同じ頃から復権した1/35がすごい勢いになったことから、かつて場所がなくて断念した1/35に再参入しました。

 これが2006年頃の話です。

 再参入の条件としてセラムという吹付けできる水性塗料の存在がありました。

 油性塗料が優れているのは間違いないのですが、塗装環境が難しかったので。

 というわけでいくつか製作したのですが……、ここで、もっと根本的な問題が発生しました。

 それは約15年のブランクの間、塗装技術が私の全く手の届かないものになっていたことです。

 もちろん知識として知らないわけではなかったのですが、実際にやってみると現在の絵画脳を必須とされる塗装法にはとてもついていけませんでした。

 絵画脳というのは根本的なところでは練習では全く鍛えることが出来ないようですね。

 またセラムはエアブラシをすぐに詰まらせてしまうのも大きなマイナスになっています。

 何よりも以前に比べ、完全な根性なしになってしまったことも大きな原因ですけど。

 

 ということで、ここまで進んで約10年間停滞しています。

 タミヤのⅣ号J。

 無塗装素組み品が安く売っていたので、塗ってみました。

 下記全てそうですが、セラムのDark Burned Umberで下塗りした後、調合したSGで上塗りしています。

 そしてここで長年停滞中というわけです。

 最初、下地の影が出すぎて変だったので、上塗りしたところ、影が少々消えてしまいました。

 セラムは隠蔽力がとても強いのです。

 リアパネルのロープ掛けはJ形形状に修正しました。

 こちらは自分で組んだタミヤの三突G初期型です。

 こっちの方が影は残っていますね。

 

 私は装輪車やトラックのほうが好きなので、大好きなプーマ。

 まだドラゴンが発売される前なので、イタレリです。

 こいつはその後入手したドラゴンを参考に相当手を入れてあります。

 

 というわけでこの状態で時間が止まってしまいました。

 

 せっかくここまで来たので進めたいと思いますが、さてどうしたものか?

 

2021/9/26 記

 

 

 

 

 

 

ドイツ貨車分類 「Verbandsbauart」 について

 このところVerbandsbauart A2の紹介が続きましたが、今回はその「Verbandsbauart」について簡単に紹介したいと思います。


 DRG G München G München 64 988 (Fleischmann 5365 K)
 以下の写真ですが、特記なしはDB103のコレクションです。

 

 ドイツ最初の鉄道は、1835年に開通した私鉄Ludwigseisenbahnですが、これが成功を収めると、ドイツ各地に次々と鉄道が建設されて行きました。

 当初、起業家の手により建設が進みましたが、路線が長くなり多大な資金を要すること、また鉄道の戦略的重要性から、やがてドイツを構成する8つの王国の手に経営の主体が移って行きました。

 最初の鉄道Ludwigseisenbahnの車輌は、当時の鉄道先進国イギリスからの輸入でしたが、その後、国産化が進み、ドイツは世界有数の鉄道大国になります。

 ドイツは国家的事業として鉄道を発展させましたが、鉄道の統一は最初の鉄道から85年後の1920年までなされず、統一直前には、8つの王国邦有鉄道が独自に運営を行っておりました。(私鉄を除く)

 また車輌についても各王国が独自開発しておりました。

 この8つの邦有鉄道とは、プロイセンバイエルンザクセン、バーデン、ヴュルテンベルク、プファルツ、オルデンブルク、メックレンブルク・シュヴェリーンですが、何と言ってもプロイセン王国邦有鉄道が最大の規模を誇りました。

 そのプロイセン邦有鉄道は、19世紀の終わり頃、機関車、炭水車、客貨車などの車輌や、鉄道施設などの標準化を進めました。

 これらは、鉄道機械技術を担当した鉄道局長のMoritz Stambkeの指導の下で開発され、1/40の縮尺で作図されました。

 この標準化の思想は後々受け継がれ、ドイツの貨車開発のバックボーンとなりました。

 

 上記のように、ドイツの鉄道は各王国が独自の開発を行っていましたが、特に共通乗り入れの多い貨車において問題があったため、標準化が求められました。

 これを受け、1909年にドイツ国立鉄道協会(Der Deutscher Staatsbahnwagenverband、DWV)が設立され、代表的な一般仕様の貨車11種類について、標準化を行いました。

 標準図 (Musterblatt) A1~A11で制定されたこれらの貨車のことを、Verbandsbauartと言います。

 なお、この作業において、ドイツで最も車両が多く、かつ標準化の進んでいたプロイセン王国邦有鉄道の設計が11種類中、9種類も採用されました。

 これら1910年代に設計されたVerbandsbauartは、折しも勃発した第一次世界大戦の影響もあり、20万台が製造されたA10や、12万台以上が製造されたA2をはじめ、大量生産されました。

 戦時賠償で他国に渡ったものも多く、ヨーロッパの鉄道の一時代を築きました。

 Verbandbauartは、概して長命であり、車種にもよりますが、長いものは誕生から半世紀以上経った1960~70年代まで使用されました。

 更には、DB時代になって、A2やA10などの部品を使って新しい無蓋車や有蓋車が多数作られています。

 まさしくドイツを代表する貨車群と言えましょう。

 これらを簡単に説明したいと思います。

 

標準図 A1


 K.P.St.E. Onmk Hannover 48795 (Fleischmann 4895 K)
 こちらの模型はII d 3です。

 プロイセン王国邦有鉄道のII d 3に準拠した15t積みの2軸無蓋車です。

 ハンドブレーキの有無で1910年から約60,000輌が作られました。

 邦有鉄道 Omk - DRG O Halle - DB O 10

 

標準図 A2


 DRG 運用 私有貨車 Erfurt 544 076 P (Märklin 47895)

 今までの記事通り、15t積みの2軸有蓋車です。II d8に準拠。

 ハンドブレーキの有無で12万輌以上が作られました。

 邦有鉄道 Gm/Nm - DRG G München/G Kassel - DB G 10

※蒸気暖房配管装備のFakultativwagenは、DRG Kahlsruhe -DB Gh 10

 

標準図 A3


 DB RKmp 653 3 846 419-2 (ROCO 46492) DB エポック4まで使用されたのですね。

 2軸ボギーレール運搬車。II d8に準拠。

 積載荷重 35t、積載長 15m。全てハンドブレーキ付きで、1913-25年に約4,000輌が製造されました。

 邦有鉄道 Sml - DRG G Köln - DB SS 15

 

標準図 A4


 DRG R Stuttgart 22 716 (ROCO 47729) 

 2軸柵柱貨車。(低側無蓋車)II d 5に準拠。

 積載荷重 15t、ハンドブレーキの有無で1917-25年に約35,000輌が製造されました。

 邦有鉄道 Rm - DRG R Stuttgart - DB R 10

 

標準図 A5


 DRG H Ragensburg 25 755 (Fleischmann 481103)

 2軸ターンテーブル貨車。(平貨車)新設計。

 積載荷重 15t、2輌一組で長物を輸送するための旋回式の架台を装備。1912-25年に約8,000輌が製造されました。しかし、この方式は荷物を変形させるなど問題があるため、大型の平貨車に取って代わられました。

 よってAustaschbauart以降のシリーズでは、ほぼ試作のみです。

 旋回式の架台を取り外した車は、DRG X Erfurt - DB X 05になりました。なお、DRG X Erfurt - DB X 05には、G  München等からも多数改造されています。

 邦有鉄道 Hrmz - DRG H Regensburg - DB H 10

 

標準図 A6


 写真は、ほぼ同系のプロイセン II d 1 DRG O Schwerin 26 534 (Fleischmann 481103) です。
 入手時より標記が消されていました。

 2軸石炭車。II d 1に準拠。

 積載荷重 15t、ホイールベースハンドブレーキの有無で僅か3.3/3.0mしかない小型の貨車です。1913年から1924年まで約24,000輌が製造されました。

 邦有鉄道 Omk(u) - DRG O Nürnberg - DB O 11

 

標準図 A7


 DB Nürnberg 1898 (Märklin 46041)
 恐らくK Wuppertalの成れの果てだと思います。模型はレールクリーナーになっています。

 2軸天蓋ヒンジ付貨車。湿気を嫌う貨物(石灰等)を輸送。天蓋部にハッチが6箇所あります。II d 4に準拠。

 積載荷重 15t、ホイールベースハンドブレーキの有無で僅か3.3/3.0mしかありませんが、1918年以降、3.5mに拡大されています。1913年から1926年まで約5,000輌が製造されました。

 邦有鉄道 Km - DRG K Elberfeld 1930年以降 K Wuppertal - DB K 15

 

標準図 A8


 DRG V Altona 5 602 (Sachsenmodelle 16128)

 2軸小型動物用の家畜車。A2に類似。

 積載荷重 15t、1913年から1927年に約2,200輌が製造されました。

 邦有鉄道 Vemgz/Venmz - DRG V Altona 1937年以降 V Hamburg - DB V 14

 

標準図 A9


 DRG Gl Dresden 8 007 (Fleischmann 5309 K)  この車もA9ではなくて、Ce5かもしれませんが、資料がないためわかりませんでした。

 2軸大容量有蓋車。ホイールベース7mの大型貨車ですが、積載荷重はG Münchenと同じ、僅か15tです。ガラスなどの嵩張る荷物用に使用されました。プロイセンCe5、及びザクセンの車に準拠。

 1914年から1928年まで約5,600輌が製造されました。

 邦有鉄道 Gml - DRG Gl Dresden - DB Gl 11

 

 

標準図 A10


 DB Om 12 710 339 (Fleischmann 5129 K)

 2軸無蓋車。II d 2 IIIに準拠。コークス貨車と呼ばれますが、水に濡れてはいけないもの以外、何でも輸送できます。1980年代まで鉄道貨物の主力であった欧州の無蓋車の基礎となりました。

 積載荷重20t、1913年から1928年まで、何と20万輌以上!!が製造されました。これは一形式としては世界一の数字です。

 邦有鉄道 Ommk(u) - DRG Om Breslau/Om Essen - DB Om 12

 

標準図 A11


 DRG S Augsburg (Fleischmann 5236 07) Fleischmann社公式写真

 

 2軸レール貨車。Ce 143に準拠。側壁のない平貨車です。鋼製の支柱付。

 積載荷重15t、1911年から1922年まで、約3,000輌が製造されました。

 邦有鉄道 Sml - DRG S Augsburg - DB S 14

 

 以上、11種類です。

 

 見ての通り、模型鉄道でよく見かけるタンク車、ビール貨車はありません。

 これらは私有貨車だからですね。

 

 なお、ドイツの貨車分類としては、

 1920年代:Austauschbauarten in genieteter Ausführung リベット構造の互換設計

 1930年代:Austauschbauarten in geschweißter Ausführung 溶接構造の互換設計

 1930年代後半:Kriegsbauarten 戦時型

と続くわけですが、不思議なことにWeb上では、今回紹介したVerbandsbauartの資料が最も揃っています。

 逆を言うと他の区分の図面は簡単なものしかありません。

 実に不思議なことですね。

 今回参考にしたサイト

Güterwagen der Verbandsbauart  

Setbus - Dänische Eisenbahnen の中にあります。

見ての通り、デンマークの鉄道を取り上げた個人ページですが、はっきり言ってすごい。

Verbandsbauartの図面が全て揃っています。

Epoche II

こちらでも何度か紹介したDRG 時代の鉄道を取り上げたページ。ただすごいです。

Güterwagen der Verbandsbauart

Wikipediaのページ。こちらを見ればほぼわかると思います。

Modellbahnfrokler

ドイツ貨車を調べるなら必見です。DB貨車の1953年頃の図面集は圧巻です。

 

 なお、いつも通りですが、上記の記載には誤訳や間違いも多いと思います。

 生産量は資料によって記載に幅がありましたが、基本的にEpoche IIの数値を使いました。ただし、A10だけは一般的な20万台を採用しました。

 また当方、Cartensなどの素晴らしい資料を持ち合わせておりません。

 より詳しい情報をお持ちの方はぜひご教授賜りますよう、何卒よろしくお願い致します。

 

2021/8/11 記

 

 

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大公国メクレンブルクフリードリヒ-フランツ鉄道 M.F.F.E. 有蓋車 Gm 3547 (Märklin 4789)

 以前の記事に実測結果を追記しました。

 大公国メクレンブルクフリードリヒ-フランツ鉄道 M.F.F.E. の有蓋車 Gm 3547を紹介します。

 ドイツの東北部に位置するメックレンブルクに鉄道が開通したのは、1835年のドイツの最初の鉄道から11年後の1846年でした。

 当初、メックレンブルク鉄道会社が設立され、国有化、そして民営化、更に1890年に地域の私鉄を国有化し、Großherzoglich Mecklenburgische Friedrich-Franz-Eisenbahn (大公国メクレンブルクフリードリヒ-フランツ鉄道、略称M.F.F.E.)となりました。

 その後、1920年にドイツの鉄道は統一され、ドイツ国鉄 DRGが発足しました。

 それでこちらの有蓋車Gm ですが、詳しいことはわかりませんでした。

 恐らく、プロイセン王国邦有鉄道 標準図 IId 8をイメージしたものと思われます。 

 こちらは、メルクリンの1989年製の「Wagen-Set Deutsche Staatsbahn Wagenverband」 8輌セットのうちの一両です。

 資料が少ない時代の製品のためか、メルクリンのVerbandsbauart A2に、IId 8のブレーキ室を取り付けたものになります。

 確かにA2はIId 8の改良型ですが、実際にはIId 8とA2では、下記の違いがあります。

・IId 8:右側が換気ガラリ、左側がローディングフラップ、位置は両方とも端から二番目のスパン、ブレーキ室屋根は丸い

・A2: 左側が換気ガラリ、右側がローディングフラップ、換気ガラリは端から二番目のスパン、ローディングフラップは右端のスパンにある、ブレーキ室屋根は尖っている

 従って、A2のブレーキ室を変えただけでは、IId 8にはなりません。

 それならばA2の色違いとすればとも思いますが、実は、同社の1980年代製品のA2には大きな欠点があります。

 それは、上記の換気ガラリ/ローディングフラップです。

 上写真の側面は正しいのですが……、

 こちらの側面がおかしいのです。

 すなわち、こちらの側面も上と同じにならなければならないのですが、ご覧のように換気ガラリとローディングフラップが逆で、更には位置がそれぞれ1スパンずつ左にずれてしまっているのです。

 正しくは上写真となるはずで、これは相当大きなマイナスと思います。

 こちらによりますと、どうもMärklinは断面図を側面図と読み間違えたようですね。

 なお、換気ガラリとローディングフラップの大きさや形状も変ですね。

 後は可動させるためでしょうか、貨物室ドアの上側レールが異常に太くて、ドア自体も寸詰まり、ブレーキ室の大きさも変、シャーシーもごついなどと、結構問題が多くあるようです。

 それでも現行の2000年代のROCO製品に比べると、横から見たときには似ているように感じますし、塗装はきれいです。

 何しろ大公国メクレンブルクフリードリヒ-フランツ鉄道の車輌は殆どないので、貴重と思います。

 それはともかく、最も大量に製造されたVerbandesbauart A2 (DB G 10)は、各社から多数の製品が発売されておりますが、BRAWAしか満足の行く製品がありません。

 しかし、40ユーロと大変高額ですし、広告車ばかりで一般的なタイプは案外手に入らず、簡単に買えるようなものではありません。

 G 10は1960年に至ってもドイツ最多を誇る有蓋車でしたから、数が必要です。

 BRAWAほどのディテールはいらないので、シルエットの正しい安価なA2を期待したいですね。

 

2003/11/12 入線

2021/7/7 記

 

 

 

 <21/7/21追記>

 他に習って採寸してみました。

 やはり黒が1/87の実車、赤が採寸結果です。

 その結果ですが、上記のように思いの外、寸法は正確でした。

 側面の高さは荷室が0.4mm高い分、床下が0.6mm低くなっていますが、元々の正確な寸法がわからないので参考値です。

 貨物ドアのレールが異様に太いことが仇となって、ドアの高さが相当低くなっておりましたね。

 こちら側のブレーキ室高さは実車寸法が三角屋根のA-2なので、丸屋根のこちらとは合っていません。

 

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採寸結果追記:ドイツ国鉄 DRG 有蓋車 G München (Liliput 21 302)

 今回は、ドイツの有蓋車で最も多く作られ、かつ長年に渡って活躍したドイツを代表する有蓋車DRG G Münchenを紹介します。

 DRG G Münchenは、Verbandsbauart (協会設計)に属す貨車で、Musterblatt (標準図) A2により定められた積載荷重15tの汎用有蓋車(短)です。

 A2はプロイセン王国邦有鉄道の標準図 IId 8の発展形であり、外見的には非常によく似ています。

 実際にはシャーシーが強化されましたが、外見上はわかりにくいです。

 目立った差異として、換気ガラリ/ローディングハッチの違い (IId 8は向かって右側が換気ガラリ、左がローディングハッチ、場所は両方とも端から2番目のスパンにある、A2は左側が換気ガラリで端から2番目のスパン、右側がローディングハッチで右端のスパンにある)、ブレーキ室の屋根が丸いのがIId 8、尖っているのがA2です。

 なお、A2にしてもIId 8にしても、改造により換気ガラリ/ローディングハッチの形状、数や位置が変更になっているものがあるようです。

 それでA2ですが、ドイツの鉄道が統一される以前の邦有鉄道時代の1910年から1927年まで、第1次世界大戦があったこともあるのでしょうか、なんと12万輌以上もの大量生産が行われました。

 なお、生産量には幅があり、Web上では121,770~14万以上の数値が確認されました。

 戦時賠償で多数が欧州各国に渡りましたが、それでもDRGに10万輌以上が継承されました。

 以前も記しましたが、DRGは貨車にGattungs(分類名)、Gattungsbezirke (分類都市名)及び5桁の番号を付しておりました。

 しかしながらA2は10万台以上あったため、一つの分類名では入り切らず、分類都市名 「München」及び「Kassel」が採用されました。

 生産当初、ブレーキはこちらのようなブレーキ室付きにしか装備されておりませんでしたが、1920年代に貫通ブレーキが搭載されております。

 更に1930年代の後半に、入換時の衝撃による破損を防止するため、車体端部の柱が強化されるとともに、側面の両端のスパンに斜め支柱が取り付けられました。

 また、一部の車は、蒸気暖房配管を装備し、いわゆるFakultativwagen (繁忙時に客を乗せる車輌)に改造されました。

 これらの車はGh Karlsruheとなりました。

 第二次世界大戦後においても、4万輌以上がDBへ継承され、G 10及びGh 10となりました。

 1960年時点においても、19,500輌とダントツの一位でした。

 G 10はその後減り続けますが、1970年においても4,000輌が残っていました。コンピューターナンバー化により、Gklm 191となりますが、最終的に1970年代末まで使用されました。

 ただし、A2 (G 10) の生涯はこれで終わったわけではありません。

 1950年代、ドイツ連邦鉄道 DB は、有蓋車を大量増備しましたが、当時の状況もあり、新造だけでなく、いわゆる旧型車の全面更新 (Umbau) を実施しました。

 A-2はその種車となり、本車の解体部品や台枠を転用して、Gms 54 (約14,000輌)、Gmms 60 (UIC 571-1準拠 約9,800輌)が製造されました。なお、生産数には一部、新造車も含みます。

 これらは2000年代に入るまで、現役でした。

 さて、実車の説明が長くなってしまいましたが、あまりにも有名な車故に、A2は各社が古くから模型化しておりました。

 しかし、欧州の模型には実によくあることなのですが、これだけの有名車にも関わらず、ろくな模型がありませんでした。

 こちらで紹介するのは、1980年代のLiliputの製品ですが、元々は恐らく1970年代の初期の製品ではないかと思われます。

 私は感じは悪くないと思っておりましたが、ドイツの模型クラブの評によると、この製品は、5段階評価の一番下「Müll」、すなわちゴミとなっておりました。

 なんでも「短すぎる、むしろGw 01の寸法」だそうです。なお、Gw 01とは、プロイセン標準図 IIb 1 積載荷重10-12.5 tの有蓋車で、DRG Gw Magdeburg→DB Gw 01となりました。

 ちなみにG 10は、車体長8,000mm、Gw 01は7,400mmですので、HOでそれぞれ92.0mm、85.1mmと6.9mmの差異となりますが、Liliputの車体長は87.5mmでしたので、確かにGw 01に近いかもしれません。

 更に換気ガラリ/ローディングハッチの形状と場所が全然違います。

 A2は換気ガラリ/ローディングハッチが各1個なのに、Liliputは両方とも換気ガラリになっていますし、形状もおかしいです。さらに配置がA2の基礎となったIId 8 (DB G 02)やGw 01のものですし、それにしても位置が上過ぎます。

 まあこちらのクラブの評によると、他のG 10も最近発売された大変高価なBRAWAを除くと全て3以下でした。

 それにしても、こちらのクラブは大変辛口ですが、数少ない他の情報源を見ても、今まで問題ないと思っていたドイツの貨車模型には問題があるものが相当多いことがわかりました。

 特にシャーシー転用によるスケール間違いが大変目立つことには正直失望させられましたね。

 話を戻しまして、Liliputのこの製品ですが、それ以外の大問題として、標記がでたらめということがあります。

 見ての通り、「Deutsch Reichsbahn」とありますが、その下に「102445」そして「G 10」!とあるのです。

 これはいくらなんでも絶対に変です。

 すなわち「G 10」とはDBがそれまで使われていたGattungsbezirkeに代わり、1952年10月より使用開始した型式名ですので、戦前の時点では影も形もありません。

 更に言うならば、DBのG 10の車番は、110 000~139 999のいずれかなので、こちらも間違っています。ちなみに車番100 000~109 999は、邦有鉄道貨車や大容量貨車などに割り振られています。

 あまりにおかしいので、東独のDRかと思いましたが、こちらの型式はG 04で、かつEp.IIIの番号標記は**-**-**となるはずので、これも違っています。

 あと車端部の補強も入っていませんね。(これは全車に施されたのかわかりませんが)

 1980年代にはこんな製品が出回っていたのですね。

 余談ですが、AFVモデルのTrumpetterやSABREモデルが、A-2の1/35のプラキットを「独軍軍用有蓋車G 10」として発売しておりますが、この製品を真似したんでしょうかね。

 だとしたらとんでもない間違いで、戦前のドイツなら「G München」か「G Kassel」にならなくてはならないはずです。「Gh Karlsruhe」もありですが。

 

 こちらは私がこの世界に入った直後の1988年頃に買いました。

 当時持っていたBR 98.3などと組み合わせるためにスポーク車輪に交換してあります。

 

 いずれにしてもドイツを代表するG 10ですが、BRAWA以外にまともな製品がないことを、今回はじめて知りました。

 BRAWA欲しいですが、高いし、売っていないしで。

 この間、MONTAにあったの買っとけばよかったです。

 

参考文献(代表例のみ記す)

Wikipedia 独語版

 Normalie (Eisenbahn)

 Güterwagen der Verbandsbauart

Gedeckter Güterwagen G10 “Kassel”

Flachdachgüterwagen G 10(G-Wg. G 10)

Bauart G-10 der DB

G 10

 

2021/6/27 記、2021/7/4 一部修正

 

<2021/7/22 追記>

 他に習って採寸してみました。

 いつも通り、黒が実車の1/87、赤が採寸結果です。

 素人採寸なので、測定値には相当な誤差を含むものと思っていただけましたら幸いです。

 Liliputに関してはドイツのHPの記事通り、実物とは相当違うことがわかりました。

 まずバッファ間距離ですが、こちらは実物に比べて2mm程度短いです。しかし、車体長は約5mmも短くなっています。

 実車はブレーキ室側の台枠が300mmはみ出していますが、Liliputは車体が短いのに台枠が長いためはみ出し幅が長すぎるのです。

 よってブレーキ室の位置も変です。手すりやはしごの形状も全くおかしいですね。

 Liliputのはしごは台枠だけにかかっていますが、300mmでは狭すぎるため、実物のはしごは台枠とバッファにかかる形になっています。

 車体長が短い分、ホイールベースも5mm短いです。

 一方、レール踏面から床下の距離は他の製品よりも正確でした。車体側面もやや低いですが、それほどおかしくはないように見えます。

 端面は側面ほどの誤差はありませんでした。

 

 

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ドイツ国鉄 DRG BR 36.0-4 蒸気機関車 156号機 (ROCO 63300)

 

 今回は、ドイツ国鉄DRGの古典に属す、旅客用蒸気機関車BR 36.0-4を紹介します。

 

 

 DRG BR 36.0-4蒸気機関車は、プロイセン王国邦有鉄道が製造した旅客用蒸気機関車です。

 

 BR 36.0-4 主要諸元

 型式:2'B n2v、バッファ間距離:17.611m、運転重量:50.4t、軸配置2’B、軸重:14.9t、飽和式二気筒、出力:427kW、ボイラー圧力:12bar、最高速度:90km/h、動輪径:1750mm

 

 

  BR 36.0-4は、プロイセン国鉄 (K. P. St. E.) P 4.2型として、1898年~1910年までに707輌が製造されました。

 

 

 DRGには549輌が引き継がれ、DR 36 002-438、36 601-620、651-662となりましたが、第二次世界大戦までにほとんどが廃車されました。

 その他、第二次大戦中にポーランドリトアニアから戻ったものもありますが、最終的にDRの微粉炭燃焼試験機が1959年に引退しました。

 以上、Wikipedia Preußische P 4.2 により、引用、参照いたしました。

 

 

 それで、Modellbau-Wiki によりますと、BR 36.0-4は古典機ということもあり、HOの量産模型では、こちらで紹介するROCOの2002年の製品が唯一のものです。

 その後、ROCOとFleischmannの統合により、同社ブランドからも発売されました。

 一方、Nでは1983年にArnoldが発売しております。

 

 

 流石に2002年の発売だけあって、繊細な出来だと思います。

 最近のROCOスタンダードであり、機関車と炭水車の両方を駆動します。

 走りも静かで至ってスムーズです。

 

 

 古典機なので電灯装備ではなく、ランプが装備されています。

 

 

 1,750mmと動輪径が大きいこともあり、ランボードの上が膨らんだ構造になります。

 これは同じKPEV S10などにも見られますね。

 このサイドに金文字が入っているところなど、なかなか細かく出来ています。

 

 

  2000年代以降の欧州型製品は、ほんとレベルが高いと思います。

   

 

 地を這うようなスタイルを良く表現していますね。

 

 

 ちょっと見、ブラス並みに見えます。

 ただし、テンダー台車など赤塗装されていないので、質感の差がわかってしまいますね。 

 

 

 細いボイラー、細長い煙突、高いドームなど、古典機の特徴をよく表していますね。

 

 

 テンダーの棒は何のためにあるのでしょうか?

 

 

 Einheitsに比べると、あっさりとしたディテールですね。

 

 

 2000年代製品なので、車輪は金属製です。

 大変シャープな仕上がりで、かつフランジも低くなったような気がします。

 

 

 レタリングも美しいですね。

 

 

 弁装置はプラですが、質感はいいです。

 

 

 動輪上の印刷も美しいですが、残念なことに一部かすれてしまっています。

 ROCOは昔からボイラー脇のハンドレールが金属製なのはいいです。

 ただし、鉄製なので錆びてしまう欠点があります。

 

 

 動輪輪芯の表現もすごいし、バネも良く出来ています。

 火室の表現も細かいですね。

 

 

 キャブ上部の窓はボイラーの太くなった機種にはなくなりました。

 

 

 こちらもテンダーの握り棒の基部やテンダー配管など大変細かいです。

 

 

 pr 2'2' T 16テンダー。

 この中にモーターが入っています。 

 

 

 何を牽かせるのが問題ですが、旧型の2軸車などが似合うのではないかと思いますが、あまり持っていないのでDBのローカル客車を引かせようと思っています。

 実車は"P"なので客用ですが、軽貨物も似合うかもしれませんね。

 

 

 この手の古典機が日本で紹介されることはまずないので、取り上げてみました。

 古典機もなかなかいいものですね!!

 

 

 私が欧州型を始めた1985年頃は、古典機の方が入手しやすくて、現用機が入手できませんでした。

 だから、BR 103、110.3、111やフルスケールのUIC-X、特急型客車を揃えたいのに、殆ど入手できず、代わりにBR 98.3やET 87などを入手したものの、当時はこういうものの価値なんかわかりません。

 よってずいぶん処分してしまいました。

 もったいないことをしましたが、始めたばかりの人にこの手の価値が分かるとは思えませんよ。 

 

 いつの世でも、有名機やその時の主力機というのは、簡単に入手出来るようにしておいて欲しいと思いました。

 

 2013年11月16日入線

 

 2014/7/5 記 
 2020/3/7 写真全更新、文章全面書き換え
 2020/5/20 Blogger用に再編集

 

 

 

 

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西ドイツ国鉄 DB BR 140 貨物用電気機関車 167-8号機 (ROCO 43388)

 

 今回は西ドイツ国鉄 DB の汎用貨物用電気機関車 BR E 40について紹介します。 

 

 

 BR E 40はドイツの電気機関車ではもっとも大量に生産されました。

 

 

 

BR E 40主要諸元

 全長:16.49m、運転重量:83.0t、軸重:21t、動輪径:1.25m、出力:3,700kW、最高速度:100km/h(後に110km/h)

 

 

 E 40は1950年、ドイツ連邦鉄道の技術委員会が決めた制式機関車の一つです。

 E 94やE 44の後継の貨物機として作られました。

 

 

 当初、DBは客貨両用の汎用機関車としてBR E 10 を計画したようですが、試作車001~005の運用試験の結果、一形式で対応するのには不都合があり、用途別の機関車を開発することになったようです。

 

 

 このときに決められた機関車が旅客用B-B機 BR E 10、貨物用 BR E 40、近郊旅客用B-B機 BR E 41、重貨物用C-C機 BR E 50であり、共通コンポーネントを使用したため、どれも似たスタイルとなっています。

 これらは何れも成功作となり、長年ドイツ国鉄の主力機として活躍しました。

 

 

 なおBR E 40はBR E 10.1と、ギア比とブレーキ以外は、ほぼ同じ設計であり、外見上見分けるのは難しいです。

 ただし、BR E 10.3の流線型ボディのBR E 40は製造されませんでした。

 

 

 BR E 40は成功作であり、1957年から1973年までの26年間に、879両もの大量生産が行われました。

 バリエーションとしては、近郊輸送用にWendezug(プッシュ・プルトレイン)運用可能としたBR 140.8(140 757~)と勾配線用に電気ブレーキを装備したE 40.11(後のBR139)があります。

 1968年のコンピューターナンバー化により、E 40はBR 140となりました。

 

 

 BR 140は26年の長きに渡り、製造されましたので、形態上も変化があります。

 当初、雨樋付きでしたが、672から張上屋根になり、ドアやフロントガラスのゴム製のストリップに置き換えられました。

 この改良は好評だったのか、672より古い車番だけでなく、E 10.1、E 10.3、E 41、E 50などでも行われています。

 この点、日本の旧国で全く逆で、更新修繕において、張上屋根を雨樋付きに改造しているのは面白いですね。

 また初期は前面下部ライトが前尾灯切替式の2灯でしたが、これも後には、前照灯と尾灯が別個に設置されるようになりました。

 こちらも遡って施工されています。

 その一方、確か両形態ともに旧のままの機種がいたのも面白いです。

 

 

 塗色も初期は酸化クロムグリーンでしたが、タルキス/ベージュ塗装になり、更にOrient-Rot、Vehrkehrs-Rotに変わりました。

 こちらについても、旧塗装のまま(当然塗り替えられて)残った機種があるのが、いかにもドイツ機らしい話です。

 

 

 このような長年活躍したBR 140ですが、後継機のBR 185の増備に伴い、DBAG線上からは2016年引退しました。

 ただし、貨物会社の所属機にはまだ現役のものがあります。

 他方、保存機の国ドイツですが、BR 140は僅か3両しか保存されていないそうです。(貨物会社の所有機を除く)

 

 

 以上、Wikipedia 独語版 DB-Baureihe E 40 より引用、参照させていただきました。

 

 

 それで、模型のBR E 40ですが、Modellbau-Wiki によりますと、ドイツの最多量産電機なのに、意外なことに恵まれていません。

 と言うか、欧州型の宿命である、既存製品があると、新製品がなかなか製品化されないという罠に落ちている典型かもしれません。

 

 

 古いのはTRIXとFleischmannですが、優に50年前以上のモデルですので、私は見たことはありません。

 次に古いのはMärklinです。

 同社は1965年原型車、1980年張上屋根、そして2009年原型車、2010年張上屋根を出しているようです。

 多数のバリエーションがあるようですが、どれも数が少ないようで、中古はまず出回らないですね。

 

 

 その次がROCOですが、こちらも1977年張上屋根、1993年原型車、そして2010年張上屋根車があります。

 こちらも生産回数が少ないようで、特に私は2010年製品については一度も見たことがありません。

 それからLiliputが1990年に原型車を出しましたが、発売直後に倒産したため、殆ど出回りませんでした。

 これ以外にはPikoが2017年になって原型と張上屋根の両方を模型化しておりますが、こちらも見たことがありません。

 というわけで各社から発売されている割には、市場には殆ど出回っておらず、中でも一般的な張上屋根車は相当珍しいということはご理解いただけると思います。

 

 

 それで、こちらで紹介する原型車は、上記の通り、ROCOにとって2代目製品になります。

 1993年に完全新規製品として発売されたBR 110.1(110 233-4)のバリエーションモデルとして作られました。

 構造が完全に一新され、旧製品の部品は一切使っておりません。

 特に下回りが現在まで続く同社のスタンダードの構造となり、大幅に改善されたように感じます。

 

 

 

 スタイルも大分変わりました。

 初代製品はなにか痩せぎすと言うか、あんまり似ていないように感じますが、こちらは大分感じが変わったように思います。

 

 

 細部はよく出来ていますね。

 私は取り付けていませんが、運転室入口の手すりが金属製の別パーツなのは破損防止のため、アドバンテージが高いと思います。

 以前のパンタはゴツかったですが、こちらは大変繊細です。

 レタリングもきれいですね。

 

 

 本製品で特筆すべきは動力装置です。

 普通、全く同じ形状のE 10.1とE 40はレタだけ変えて製品化することが多いのですが、こちらは用途に応じ、ギア比を変えてあります。

 これは同時期のDR 143/112と同じですが、稀有な例と言えましょう。

 走りは軽いですね。

 

 

 なおこちらのモデルは1994年に欧州へ旅行に行った義理の妹が、偶然見かけたオーストリア模型店で買ってきてくれたものです。

 とてもうれしかったです!

 

 

  それで私的には、ROCOのBR 140の最大の欠点は、時代設定です。

 1957年~1973年までの長きに渡って製造され、2016年まで約50年間、使用されたBR 140は、その生涯の殆どが雨樋なしのスタイルであり、雨樋付の原型スタイルは、ごく僅かな例外を除くと、いいところ1970年代前半までの僅かなものでしかなかったはずです。

 これでは牽かせるものは限られますし、Wundezug運用や重連運用は出来ません。

 ですので、いくら模型としての出来が良くても、使いみちが限られたものになってしまいます。

 同じことはメルクリンや一番新しいPikoにも言えますけど。

 ROCOはE 41も原型機ですし、Avmz 207も原型で、何れも使いみちが限られます。

 はっきり言って欧州のメーカーはエポックIVが嫌いなのですね。

 でも、幅広く使える方が重宝するはずなのに、なぜそう考えないのか、私には全く理解できません。

 実際、ROCOのBR 110.1/140はバリエーションモデルがエポックIIIしか出せませんでした。

 これが一般的なスタイルならば、色違いが4種類出せるのですけど。

 

 

 こちらの仕様で一般的な雨樋のないスタイルは、なんと約四半世紀後の2014年まで発売されませんでしたから、出来が良くない旧製品→こちらも入手難ですが……を充当するしかありませんでした。

 

 

 

 ということで、BR 140については実車の保存車も少ないのと同じように、使える模型が殆どないという悲惨な状況になっています。

 

1994/6/11 入線 

 

2019/1/25 記
2019/12/4 再録
2020/5/30 写真及び文章 全面更新

 

 

 

 

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Googleフォト貼り付け不能に関する はてなからの回答

 本日、下記の回答がありました。

 やはり移転するしかないですね。

 

 しかし随分と他力本願と言うかなんと言うか……、そんなに自信がない機能なら実装すべきではないと私個人は思います。

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大変お手数をおかけいたしております。

 

お問い合わせいただきました件でございますが、GoogleフォトはGoogle側のAPIを利用した機能となっており、

はてな側の対応のみでご利用いただける機能とは異なり、API側の挙動が変更された場合、

従来通りにはてな側で利用することが困難となる場合がございます。

 

前回は一時的にご利用いただける状態となりましたが、再度従来通りにご利用ができない状態が続いており、

復旧までの目途につきましては現在見通しが立っていない状態となっております。

 

ご不便をおかけいたしており申し訳ございませんが、何卒ご理解ご容赦いただけますようお願いいたします。

 

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